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◆DDのメヂカラ◆

この大きな眼を通して感じた、いろいろなこと。。  日常生活、台湾、金融、書評など

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個性とは。 

嫌いな歌がある。





「NO1にならなくていい。もともと特別なオンリーワン」

の、アノ歌。



*******




資本主義を先進諸国が本格的に導入して以来、
経済の成長率は圧倒的だ。

産業革命以後、たかだか200年かそこらで、
欧米や日本の経済規模は、それぞれ数十倍にふくれあがっている。


自由競争による、シナジー効果。

負けたくないから、がんばる。

負けたら利益得られないんだから、食っていけない。だからがんばる。がんばらざるを得ない。



その弊害として昨今騒がれている、格差。

あるいは過度のストレス。

勝者がいれば、敗者がいる。

競争の中で自分を見失う人もいる。

落ちこぼれて、社会から見放されて、道端で命を落とす人もいる。



******



この曲はそういう現代に対するアンチテーゼと言える。


言ってることはわかる。

過度のストレスに埋もれることなく、自分らしさを大切にして、もう少しゆとりを持って生きるのはいいことだと思う。



でも、この曲が日本中で売れに売れて

国民みんなで

「あぁ、そうだよね、オンリーワンなんだから、がんばりすぎなくたっていいよね」

って、共感、共感。

・・・それってただの傷の舐め合いしているだけに、聞こえる。少なくともぼくには。



みんな、牙をもがれているんじゃないのか。


NO1になりたくないのか。


草食系だって言われて、悔しいとは思わないのか。


日本のGDPが中国に抜かれて、国際社会でのプレゼンスも小さくなって、


日本国民として、


みんなどういう感情を持っているのか。




******





「オンリーワン」を体現しているような人物は、



たいていなんらかの分野でNO1になっているような人物。





「個性」というのは、出すものではなく、出るもの。



自分の脳みそで考え、自分の意思で行動している人には、

「個性」のオーラが自然と身についている。


そんな人周りにいないでしょうか?




そういう人に対して、魅力を感じたことはないでしょうか?
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慰謝料のフシギ 

損害保険の勉強をしていて、気になりました。




慰謝料って、すげぇアイディアだな、と。









精神的苦痛と、金銭の価値を、天秤にかけるんですよ






「謝って済むならケーサツはいらん!!!」


って言ってて、




おカネもらったら


しっぽりと納得してしまうフシギ









おカネってすごい。


それだけ普遍的な価値がある。


コンビニでおにぎりを買うことも、人の心の痛みを癒すこともできる。



それって一体なんなんだ、と。
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トマトとトマトジュースについて。 

赤々と実った完熟トマトを水で揉んでから、ガブッとかぶりつく。

皮がプチッとはじけ、中からみずみずしい果肉が口の中へ躍り出る。

上品なようでどこか土臭い香りとともに、それがぼくののどへと吸い込まれるとき、

ぼくの渇きは癒される。



tomato1260299541.jpg



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しかし、トマトジュースのあのやるせないほどの味気なさといったら。


砂糖と塩で調味しなけりゃ、飲めたもんじゃない。


せいぜい酔い覚まし程度の活躍しかできない。




なぜだ。



なぜ同じ素材でこうも違うのか。


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思うに、原型を残したトマトの果実というのは


実はその形や色に本質が宿っているのではないだろうか。



単純な味やにおい、味覚や嗅覚だけではなく、

その赤さが脳に訴える健康的なイメージや(視覚)、

果皮や果肉の歯ざわり、あるいは豊かな水分がのどへ流れ込む感覚(触覚)、

そういったものが実は非常に大きなファクターとして、

トマトの魅力を高めているのではないか。




逆にトマトジュースは、どんな場合でも均一だ。

どこで摘んだトマトだろうが、どんな赤でどんな形でどんな表情をしたトマトか

そういうストーリーが一切ない。

すべてごちゃまぜで平均化されている。

だからうまみも、面白みもない。



それはまるで人間のメタファーだ。


はじけるようにみずみずしく、ストーリーがある人間がいい。

商品力はあれど、中身はただの量産型タイプじゃつまらないのだ。
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input or output 

今日は金曜日だからと言って、とくにワクワクしないなぁ


なんか慣れてきたんだろうか。一週間めちゃめちゃ早かった。。





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仕事が終わって帰るとき


駅ビルに入っている、本屋さんに立ち寄ることがある。






今日は村上春樹の

「ぼくが走るときに考えること ・・・(以下失念)」


が文庫で出てた。




前から読みたいと思っていた本だ



村上春樹は不思議な魅力がある。


しばらく読まないと読みたくなる文章。中毒性があるんだな。





他にも、「10歳のウォーレンバフェットの考えたことだかなんだか(やっぱり失念)」


という本に興味を引かれた。





紀伊国屋では、安い洋書を見つけた。いずれも読みたいと思っていたベストセラー







読みたい本はいくらでもある。


会いたい人、聞きたい話も山ほどある。


なんでも経験したい。吸収したい。



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そこで気付いた。



アウトプットが足りない。





手当たり次第に読んでみた本は、本棚を飾っているだけだ。



下手な書評書いてみたって、それがどれだけ価値のあるものか。



今は知識を身にまとっているだけだ。

雨にあたれば溶けて流れてしまうだろう。

骨に染み入るほど、噛み砕いて本を読まなきゃ。

そして自分の中できちんと消化して、アウトプットしたものを

さらによく噛まなければ。
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自責の人 

「自責の人」は成功する。




「自責の人」は言い訳しない。



時代のせいとか、景気が悪いからとか。
あるいは親が悪い、上司が悪い、そもそもあんなもんこんなもん最初に考えたやつが悪い。
そういうことを言わない。

うまくいかないのは自分がきちんと対応していないから。
変化に対して、柔軟に適応する。そして、自分から主体的に変化する。
そういうことができると、確かに強いだろう。







でもこの「自責の人」って、


ちょっと間違えると「自己嫌悪ウジウジ人間」になっちゃいそうだな。





ゆる~くゆる~く。



クソくらえ、って。




そういうのが案外必要だったりして。

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