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◆DDのメヂカラ◆

この大きな眼を通して感じた、いろいろなこと。。  日常生活、台湾、金融、書評など

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苦諦(くたい)。 




安岡正篤さんという、東洋思想研究をしていらっしゃった先生がいる。


その人生観からは学ぶことが多く、実業界にも先生の著書を愛読している人が多い。



ぼくも、直接の著書ではないんだが
寺師睦宋さんという安岡先生の弟子にあたる方が書いた本を数冊持っていて
先生の思想がわかりやすく解説されているので、もう何遍も読んでいる。

ちなみに、内一冊はトイレにいる。 トイレ文庫スタメンだ。

今日も、朝のお勤めのときに読んだ。

ふんばりながら読んだ。 人生で一番、充実した苦しみが感じられる瞬間に、ぼくは安岡哲学を学んでいた。

そしたら、ふと、わかった。

「無明」(真理に暗い状態)に限りなく近い、解脱からはほど遠いぼくだったが、

安岡哲学(というより、仏教思想か)が突然すっと身にしみるように理解できた。


人生は苦しみの連続だ。

苦しみを一つ乗り越えても、また別の苦しみがある。

諦めなければならない。

pain is inevitable, but suffering is optional.

ここでいう諦めるとは、屈することではない。

受け入れるということなのだ。

その苦しみを消化し、諦めの上に立ち、

解脱へ一歩一歩近づけるかは、自分次第なのだ。






ぼくは朝のお勤めを終えた。

苦しみは消えていた。

そこでぼくは思った。

「やっぱ苦しいのはやだな。」
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この記事に対するコメント

ホント、どうしようもないな笑

URL | norisuke #-

2011/07/15 20:11 * 編集 *

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