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◆DDのメヂカラ◆

この大きな眼を通して感じた、いろいろなこと。。  日常生活、台湾、金融、書評など

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トマトとトマトジュースについて。 

赤々と実った完熟トマトを水で揉んでから、ガブッとかぶりつく。

皮がプチッとはじけ、中からみずみずしい果肉が口の中へ躍り出る。

上品なようでどこか土臭い香りとともに、それがぼくののどへと吸い込まれるとき、

ぼくの渇きは癒される。



tomato1260299541.jpg



******



しかし、トマトジュースのあのやるせないほどの味気なさといったら。


砂糖と塩で調味しなけりゃ、飲めたもんじゃない。


せいぜい酔い覚まし程度の活躍しかできない。




なぜだ。



なぜ同じ素材でこうも違うのか。


******





思うに、原型を残したトマトの果実というのは


実はその形や色に本質が宿っているのではないだろうか。



単純な味やにおい、味覚や嗅覚だけではなく、

その赤さが脳に訴える健康的なイメージや(視覚)、

果皮や果肉の歯ざわり、あるいは豊かな水分がのどへ流れ込む感覚(触覚)、

そういったものが実は非常に大きなファクターとして、

トマトの魅力を高めているのではないか。




逆にトマトジュースは、どんな場合でも均一だ。

どこで摘んだトマトだろうが、どんな赤でどんな形でどんな表情をしたトマトか

そういうストーリーが一切ない。

すべてごちゃまぜで平均化されている。

だからうまみも、面白みもない。



それはまるで人間のメタファーだ。


はじけるようにみずみずしく、ストーリーがある人間がいい。

商品力はあれど、中身はただの量産型タイプじゃつまらないのだ。
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