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◆DDのメヂカラ◆

この大きな眼を通して感じた、いろいろなこと。。  日常生活、台湾、金融、書評など

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苦痛に人はどこまで耐えられるか。 

戦争映画で、負傷兵が

モルヒネ!!!モルヒネをくれ!!もっとだ!!!


と言っている場面を見るたび、


じっさいどれだけ痛いんだろ・・・ と思います。




でも、思うに、痛みってのは
体験するまでわからない
もんじゃないでしょうか?




20080309_05.jpg



おれが人生で一番痛かった経験は、
顎関節症で外れたアゴを、無理やり元の位置に戻したときの痛みだと思われますが、
つまりその痛みを最大値として、
それ以上は想像で補うしかないですよね。。


*******


まぁ上の話はぶっちゃけ余談です。笑
でもたまにこんなことをとりとめもなく考えちゃいますよね。




本題は、先日も書評を書いた
「ガンに生かされて」の中に出てくるフレイズ。



「どんな苦痛でも、それに少しの罪も混じっていなければ、耐えられるものである」

(p.200)


著者は末期ガンと戦っており、その痛みの描写は、はっきりいってエグい。
いつも顔をしかめながら読む。

同時に、著者はクリスチャンであり、
苦痛と戦うときに拠り所にしていた言葉が、これだ。
おそらく出典は聖書だと考えられる。


******



一片の罪もないような、カラッとした人生を歩めたなら、
どんな苦痛も困難も乗り越えていけるのでしょうか。

苦痛を否定したり逃げたりせず、受け止められるような
立派な男になりたい。

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